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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)13104号 判決 1985年3月29日

原告

丸山健

原告訴訟代理人

相磯まつ江

ほか一三五名

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

中西茂

仁平康夫

被告

和田啓一

右訴訟代理人

西迪雄

井関浩

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する昭和五七年五月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告国の答弁

1  主文第一、二項同旨

2  仮執行免脱の宣言

三  請求の趣旨に対する被告和田啓一の答弁

主文第一、二項同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、株式会社行政学会印刷所に勤務していた労働者であり、三多摩地域の労働組合運動に積極的に関与してきた者である。

ことに、東京地方裁判所八王子支部刑事第二部に係属する被告人三鈷照一ら一三名に対する監禁等被告事件において弁護団の筆記補助者を務め、同被告事件の背景となつている教育社労働組合闘争、ぎようせい印刷出版労働組合闘争に取り組んできた者である。

(二) 被告和田啓一(以下、被告和田又は和田裁判官という。)は、東京地方裁判所八王子支部の裁判官であつて、刑事第二部の裁判長裁判官として、前記監禁等被告事件を担当していた者である。

2  本件監置処分

(一) 原告は、昭和五七年四月三〇日、和田裁判官から、法廷等の秩序維持に関する法律(以下、法秩法という。)二条一項により監置五日の制裁に処せられ、同日から翌月四日までの間、監置場(八王子拘置支所)に留置された。

(二) 右制裁の理由とされた事実の要旨は次のとおりである。

「本人(原告)は、昭和五七年四月二三日午後三時に東京地方裁判所八王子支部第三〇一号法廷で開廷された当裁判所の被告人若林美智子に対する覚せい剤取締法違反被告事件の審理中、同日午後三時五分ころ、同法廷に面した同裁判所同支部南側歩道上において、自動車に設置された拡声器を使用して本人が音頭をとり、他二〇名位の者とともに、右法廷内に聞こえる音量で、「強権的訴訟指揮を許さないぞ。」「和田裁判長を糾弾するぞ。」などとシュプレヒコールを行い、もつてけん騒にわたる不穏当な言動で、裁判所の職務の執行を妨害するとともに、裁判の威信を著しく害したものである。」

(三) 右制裁の対象となつた原告の行為は、次のようなものである。

和田裁判官は、昭和五七年四月一九日、前記監禁等被告事件の第三八回公判において、刑事第二部の裁判長として、被告人井手口洋生(以下、井手口という。)を拘束し、公判終了後、同人を法秩法により監置七日の制裁に処し、同人は同日から同月二五日までの間八王子拘置支所に留置された。

そこで、教育社労働組合及びぎようせい印刷出版労働組合は、井手口に対する激励行動を行うこととし、同月二三日午後三時ごろ、原告を含む右両労働組合の組合員ら約二〇名は、東京地方裁判所八王子支部の庁舎(以下、単に庁舎ともいう。)の南西方向に当たる国道二〇号線の歩道で、三時一五分ごろから三時二〇分ごろまでの約五分間、八王子支部庁舎の西隣りの八王子拘置支所にいる井手口に向けて、宣伝カーの拡声器を使用し、原告が音頭をとつて、「獄中の仲間は弾圧に屈せず頑張れ」、「不当監置を許さないぞ」、「暗黒裁判を許さないぞ」、「和田裁判官を糾弾するぞ」などのシュプレヒコールを行うなどした。

そして、和田裁判官は、同日午後三時ごろから、庁舎三階の三〇一号法廷において、被告人若林美智子に対する覚せい剤取締法違反被告事件の審理を行つていた。

3  本件監置処分の違法性

本件監置処分は、以下述べるとおり違法である。

(一) 本件監置処分は、憲法違反の法律に基づいてされた違憲の処分である。

すなわち、法秩法は、人身の自由を令状なしで拘束する処分であるという点において憲法三三条に、勾留理由開示の手続がないという点において憲法三四条に、当事者主義の構造をとらず、いわば被害者たる裁判官が訴追者と判断者の地位を兼ねることになり公平な裁判所の理念に反するという点において憲法三七条一項に、弁護士による補佐が裁判所の裁量であり、弁護人依頼権が保障されていない点において憲法三七条三項に、制裁事件の審判が非公開である点において憲法八二条に、以上のとおり適正な手続を踏まず人身の拘束を認めている点において憲法三一条に、それぞれ違反する。

(二) 本件監置処分は、法秩法に関する憲法の解釈を誤つてされた違憲の処分である。

仮に法秩法が合憲であるとしても、それは、法秩法について以下のような限定的な解釈をしてはじめて合憲性を維持しうるものである。

まず、法秩法二条一項の「裁判所の面前その他直接に知ることができる場所」における行為とは、誰が、どこで、いかなる具体的な行為をしたかが、当該裁判所と本人にとつて明白であり、争う余地のない限られた場所での行為をいうと限定的に解釈してようやく合憲とされるにすぎない。したがつて、その場所的な範囲は、当該法廷内又はこれに隣接する法廷外の場所(通常は廊下)で、当該裁判所が直ちにその行為者を現認しうる範囲に限定される。ところが、本件監置処分は、原告の裁判所構外における行為を制裁の対象としている。

また、法秩法二条一項の「秩序を維持するため裁判所が命じた事項を行わず若しくは執つた措置に従わず、又は暴言、暴行、けん騒その他不穏当な言動で裁判所の職務の執行を妨害し若しくは裁判の威信を著しく害した」こととは、誰の目にも一見して明白な裁判所の命令に違反する行為、職務執行の妨害行為、裁判の威信を害する行為のみが制裁の対象となると解釈することによつて、ようやく合憲とされる。本件の場合、原告のしたシュプレヒコールは、このような行為とはいえない。

以上のとおり、本件監置処分は、法秩法二条一項の解釈を誤つて、適用すべきでない場所での行為についてされたものであり、また制裁の対象とならない行為について制裁を科したものであるから、憲法三三条、三四条、三七条一項、三項、八二条、三一条に違反する。

(三) 本件監置処分は憲法二一条に違反する。

裁判所、裁判官の行う裁判や訴訟指揮を批判し、これに対し抗議すること、更にこれを大衆に訴えかける手段として集会を開き、集団行動を行い、シュプレヒコールを挙げることは、憲法二一条に保障された表現の自由の一態様であり、法秩法の制裁の対象埓外にある。

したがつて、本件監置処分は、原告の表現の自由を制限したものとして憲法二一条に違反する。

(四) 本件監置処分は、法秩法の解釈を誤つた違法な処分である。

(1) 場所的範囲を逸脱した違法

法秩法二条一項によれば、裁判所が制裁の対象とすることができるのは「裁判所の面前その他直接に知ることができる場所」であり、裁判所が事実を簡単明瞭に把握できる場所、すなわち当該法廷内もしくはそれに隣接する法廷外の場所(通常は廊下)に限定される。本件の場合には、当該法廷から七〇メートル離れた裁判所構外での行為であつて、制裁の対象となる場所的範囲を逸脱したものであることは明白である。

また、「裁判所の面前その他直接に知ることができる場所」とは、裁判官が自らその五官の作用によつて誰のどこにおけるいかなる行為かを具体的に特定しうる場所をいう。本件の場合には、裁判官自らが事実を認定できるはずのない場所であつて、この意味からも制裁の対象となる場所的範囲を超えてされた処分である。

(2) 制裁対象行為の不存在

原告らのしたシュプレヒコールは、和田裁判官の審理していた法廷には届いていないから、裁判所の職務の執行を妨害したとか、裁判の威信を著しく害したとする余地は全く存在しない。

仮にシュプレヒコールの声が届いていたとしても、発言内容が判然としない程度のものであつて、これまた職務の執行を妨害するとの評価をとうてい下しえないものであり、したがつて裁判の威信を害する余地もないものである。

(3) 裁判所自身の現認の不存在

本件監置処分は裁判所の現認に基づかずに行われたものである。

本件の場合には、裁判所敷地構内で原告らに対峙している裁判所警備員を指揮していた比留間太司刑事訟廷管理官が現場で原告らのシュプレヒコールを聞き、自らの判断で事実上拘束命令を出し、後刻和田裁判官に対し事実を伝達の上法秩法による制裁を科することを促し、右拘束命令を追認させるに至つたものである。

仮に比留間管理官が和田裁判官の法廷に赴いているとしても、本件監置処分の際に示された事実はすべて比留間管理官の報告に基づいているものであつて、裁判官の現認に基づくものではない。

(五) 本件監置処分は、制裁権を濫用した違法な処分である。

仮に原告らの行つたシュプレヒコールが和田裁判官によつて聞知しえたとしても、これによつて裁判所の職務が妨害されることも、裁判の威信が著しく害されることもない程度の音量でしかなかつた。

また原告は、井手口を激励するだけの目的でシュプレヒコールをしたのであつて、和田裁判官の法廷の秩序を害する意図も裁判の威信を害する意図もなかつたのであるから、原告の行為は極めて軽微なものであつたというべきである。

それなのに、和田裁判官が敢えて監置五日という重い制裁を科しているのは、シュプレヒコールが自己に対する理由のない非難であると曲解して、三鈷照一ら一三名に対する前記被告事件を迅速に処理するために、右事件の被告人、傍聴人らに対する威圧、威嚇ないしは報復の目的をもつて本件監置処分をしたものであるといわざるをえない。

本件監置処分は、その主観的目的においても、また被処分者の行為と処分の量定とが均衡を失している点においても、制裁権の濫用にわたる違法な処分であるというべきである。

(六) 以上述べてきたように、本件監置処分は違憲、違法であり、少なくとも原告の行為は法秩法二条一項の要件を満たさないものであるにもかかわらず、和田裁判官は、法令解釈の無理と事実認定の無理を承知で原告を本件監置処分に付したものであり、同裁判官には本件監置処分を行うについて、法廷の秩序を維持する目的など全くなく、別の特別の意図があつたと断ぜざるをえない。

その意図とは、本件監置処分によつて原告を正当な理由なく拘束して損害を与えることにより、教育社労働組合とその支援者に対して打撃を加え、前記被告事件の公判において同裁判官の意図する訴訟指揮を貫徹するとともに、同裁判官を批判する者に報復しようという企図である。

原告に対する拘束命令の理由はシュプレヒコールの音声が裁判所の職務を妨げたということに限定されていたのに、本件監置処分においては「裁判の威信を著しく害した」との理由が付加されたことなどからも、右の企図は容易に推認することができる。

本件監置処分は客観的にも違憲、違法なものであり、和田裁判官は違法な目的のために違法な裁判手続を利用したものであつて、本件監置処分が違法であることは明らかである。

4  原告の指導

原告は本件監置処分によつて計りしれない屈辱と著しい精神的苦痛を受けた。ことに、原告は五月の連休を利用して母の夫の死亡に伴う後始末のために青森県の実家に帰る予定をたてていたところ、本件監置処分によつてそれが不可能となつて、母の期待を裏切るなどの回復し難い精神的苦痛を味わつた。

これを慰藉するには少なくとも金五〇〇万円が相当である。

5  被告国の責任

(一) およそ裁判において採証法則に明らかに違背する事実誤認が存在し、若しくは明らかな法令適用の誤りないし憲法、法律解釈の誤りがあつて、これにより裁判の当事者が損害を被つた場合には、それだけで当該担当裁判官の故意又は過失の存在が一応推断されるものであり、この推断を覆すべき特別の事実が被告によつて立証されない限り、国家賠償責任が生ずると解すべきである。裁判の対象となつた者の人身の自由を直接に拘束する刑事裁判や本件のような制裁裁判においては、民事争訟におけるより一層右のような考え方が妥当する。

(二) 最高裁判所昭和五七年三月一二日第二小法廷判決及び同月一八日第一小法廷判決は、裁判官がした争訟の裁判について国の損害賠償責任が肯認されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められるような特別の事情があることを必要とする、と判示している。

しかし、この考え方は、権力の行使を受ける者の救済の途を狭める結果になり、支持することができない。また、右は、民事訴訟において裁判官が判断を誤つた場合について国家賠償責任を否定した事例であつて、本件のように裁判が直ちにその対象となつた者の身柄を拘束し、それがすなわち損害となるような制裁裁判の場合には同様に解されるものではない。

(三) 仮に右判例に従うとしても、前記のとおり、本件監置処分は和田裁判官が制裁権を濫用してその違法、不当な目的を達しようとしたものであることは明らかであるから、「特別の事情」の要件に欠けるところはない。

(四) また、裁判官の行為について国家賠償法の適用を肯定するものの中にも、裁判の本質に由来する制約を認める考え方があるが、このような見解であつても、裁判官に悪意による事実認定又は法令解釈の歪曲がある場合には違法性が生じ国家賠償法の適用があることを認める。本件はこれにも該当する。

6  被告和田の責任

公務員に故意又は重大な過失がある場合にまでその個人責任を否定する理由はない。

和田裁判官は、その職務を行うについて、故意ないし重過失により前記行為に及んだのであるから、個人として損害賠償責任を負うものである。

7  以上のとおり、被告和田は民法七〇九条により、被告国は国家賠償法一条一項により、原告の被つた前記損害を賠償する責任がある。

よつて、原告は被告らに対し、各自、金五〇〇万円及びこれに対する本件監置処分の執行の終つた昭和五七年五月五日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因1項ないし5項に対する被告らの答弁

1  請求原因1項(一)のうち、原告が原告主張の刑事事件において弁護団の筆記補助者を務めたことは認めるが、その余の事実は知らない。

同項(二)の事実は認める。

2  同2項(一)、(二)の事実は認める。

同2項(三)のうち、井手口に対する監置処分に関する事実、昭和五七年四月二三日午後三時すぎごろ、原告を含む約二〇名の者が八王子支部庁舎の南西方向に当たる国道二〇号線の歩道にやつて来たこと、右原告らは同日午後三時五分ごろ(原告主張の「三時一五分ごろ」は正しくない。)から、宣伝カーの拡声器を使用し、原告が音頭をとつて、原告主張のような文言を内容とするシュプレヒコールを行つたこと及び和田裁判官が当日午後三時ごろから庁舎三階の三〇一号法廷において原告主張の被告事件の審理を行つていたことは認め、その余の事実は知らない。

本件監置処分の対象となつた原告の行為及び本件監置処分に至る経緯は次のとおりである。

昭和五七年四月二三日午後三時すぎごろ、原告を含む約二〇名の者が八王子法務合同庁舎敷地と東京地方裁判所八王子支部庁舎敷地の境界線南側付近の歩道上において、屋根に拡声器を取り付けたライトバンを取り囲んで集つた。そして、原告が拡声器のマイクを持ち、「強権的訴訟指揮を許さないぞ」「和田裁判長を糾弾するぞ」「無罪判決を勝ち取るぞ」などとシュプレヒコールの音頭をとり、他の者らがこれに唱和した。当時、拡声器は法務合同庁舎と八王子支部庁舎の中間よりやや裁判所方向に向けられていた。

右のようなシュプレヒコールが二、三回続けられたため、支部構内南西角付近で警備に当たつていた比留間管理官が同日午後三時五分ごろから数回止めるよう警告したが、原告らはこれを無視してシュプレヒコールを繰り返したので、比留間管理官は、このような拡声器を用いた大音量によるシュプレヒコールが支部庁舎内で開廷されている事件の審理を妨害している可能性があると判断し、その事実を確認するため、支部庁舎内に入り、三階の三〇一号法廷に赴いた。

右三〇一号法廷に入つた比留間管理官は、同法廷において被告人若林美智子に対する覚せい剤取締法違反被告事件の審理を行つていた和田裁判官に、前記シュプレヒコールによる審理妨害の事実の有無等について確認したところ、同裁判官は、午後三時九分ごろ、「拡声器によるシュプレヒコールが審理の妨害となつているので、シュプレヒコールの音頭をとつている者の拘束を命ずる。」との拘束命令を発した。

右命令を受けた比留間管理官は、前記の場所に戻り、午後三時一二分ごろ拘束命令の執行を指示したが、原告は逃走した。

同月三〇日原告を事件本人とする法秩法による制裁事件の期日が開かれ、和田裁判官は、原告を監置五日に処する旨決定した。右決定に対し五月一日抗告申立がされたが、東京高等裁判所は同日右抗告を棄却し、右決定は同月九日確定した。

3  同3項は争う。

(一)について

法秩法二条一項の監置処分が原告主張の憲法の各条項に違反するものでないことは、既に最高裁判所昭和三三年一〇月一五日大法廷決定、同三五年九月二一日第一小法廷決定等に明らかにされているところであり、確立した判例である。

(三)について

本件における原告の行動は、当時開廷中であることを十分承知の上で、拡声器を用いて特定の裁判官名を挙げて抗議する内容のシュプレヒコールを繰り返したものであり、これが裁判所の職務の執行を妨害するとともに裁判の威信を著しく害する行為にあたることは明らかであつて、憲法二一条により保護される表現の自由に基づく活動であるとはいえない。

(四)について

(1) 裁判所法七一条の法廷秩序維持権は、法廷の秩序を維持するために必要な限り、「法廷の内外を問わず裁判所が妨害行為を直接目撃又は聞知し得る場所」まで及ぶと解される(最高裁判所昭和三一年七月一七日第三小法廷判決)のであつて、本件のように、法廷における審理を妨害する行為の行われた場所が裁判所構外の公道上であつても、裁判所においてこの妨害行為を五官の作用により直接知りうる場合であれば、法廷秩序維持権は妨害行為の行われた場所に及ぶ。したがつて右行為も法秩法の制裁の対象となるものである。

また、裁判官は、五官の作用により妨害行為を直接知りうれば足りるのであつて、右妨害行為が何人によつてされているかということまでも直接知りうる必要はない。

(2) 本件監置処分において制裁の対象となつた行為は、自動車に設置された拡声器を使用して音頭がとられ、しかも約二〇名の集団によるシュプレヒコールであつて、その音量の大きさ及びその内容等を考慮すると、法秩法二条一項にいう「裁判所の職務の執行を妨害し又は裁判の威信を著しく害する行為」にあたることは極めて明らかである。

(3) 和田裁判官は、審理中の法廷内において、原告らによる本件妨害行為自体を直接聞知した上、具体的な行為者、行為の場所及び周囲の状況等については比留間管理官の報告に基づいて認定しているのであるから、原告の主張は失当である。

(五) について

原告の審理妨害行為の手段、態様、シュプレヒコールの具体的内容に鑑みれば、和田裁判官の行つた本件監置処分は適法かつ妥当なものであつて、制裁権を濫用した違法など存しない。

(六)について

和田裁判官の判断は妥当、適切な事実認定、法律適用のもとにされているのであつて、原告の主張するような「不法な意図」を推認させるような証拠はない。

4  同4項は争う。

5  同5項は争う。

最高裁判所昭和五七年三月一二日第二小法廷判決及び同昭和五七年三月一八日第一小法廷判決によれば、本件においても右判決にいう「裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情」があるかどうかが問題とされなければならないところ、原告が本件監置処分の違法事由として主張する請求原因3項の(一)ないし(四)は、いずれも憲法又は法律の解釈をめぐるものであつて、明らかに右にいう「特別の事情」には該当しないものであり、検討の必要があるのは制裁権の濫用の主張(右(五))のみであるが、前記のとおりこの主張も理由がない。また、原告の主張する「不法な意図」を推認させるような証拠もないことは既に述べたとおりである。

三  請求原因6項に対する被告和田の答弁

請求原因6項は争う。

被告和田に対する本訴請求は、同裁判官がその職務上行つた制裁の裁判が違法であることを原因とするものであるが、このような場合には、国が賠償の責に任ずるのであつて、裁判官個人がその責任を負うものではないことは、判例とされているところである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1項(二)の事実、同2項(一)、(二)の事実並びに同2項(三)のうち井手口に対する監置処分に関する事実、昭和五七年四月二三日午後三時すぎごろ原告を含む約二〇名の者が東京地方裁判所八王子支部庁舎の南西方向に当たる国道二〇号線の歩道にやつて来て、原告が宣伝カーの拡声器を使用して音頭をとつて原告主張のような文言を内容とするシュプレヒコールを行つたこと及び和田裁判官が当日午後三時ごろから庁舎三階の三〇一号法廷において被告人若林美智子に対する覚せい剤取締法違反被告事件の審理をしていたことは、当事者間に争いがない。

二裁判の違法を理由とする国の損害賠償責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である(最高裁判所昭和五三年(オ)第六九号同五七年三月一二日第二小法廷判決・民集三六巻三号三二九頁)。

法秩法に基づく制裁を科する裁判についても、右と異なる解釈を採用すべき根拠を見出すことはできない。

そこで、本件において右のような特別の事情の存在が認められるか否かを判断する。

1  原告は、法秩法は違憲であり、本件監置処分も違憲、違法であるのに、和田裁判官が法令解釈と事実認定の無理を承知で本件監置処分に及んだことは、同裁判官に不法の目的があつたことを推認させるものであると主張する。

(一) 法秩法による制裁が原告主張の憲法の各条項に違反するものでないことは、最高裁判所の判例(昭和二八年(秩ち)第一号同三三年一〇月一五日大法廷決定・刑集一二巻一四号三二九一頁、昭和三五年(秩ち)第三号同年九月二一日第一小法廷決定・刑集一四巻一一号一四九八頁)とするところであつて、原告の主張は採用することができない。

(二) 法秩法二条一項に定める「裁判所又は裁判官の面前その他直接に知ることができる場所」における行為とは、裁判所又は裁判官がその五官の作用によつて直接知りうるような場所で行われる行為をいうものと解すべきであつて、このような行為である限り、本件のように裁判所庁舎敷地外の公道上での行為であつてもこれに含まれうるものであり、原告主張のように法廷内ないし法廷外の廊下における行為に限定されるものとは解されない。

また、裁判所又は裁判官の五官の作用によつて当該行為を直接知りうれば足りるのであつて、右行為が何人によつてされているかということまでも直接に知りうることは必要としないと解される。

更に、原告主張のように法秩法二条一項の規定を殊更限定的に解釈して、誰の目にも一見して明白な裁判所の職務の執行の妨害行為等だけが制裁の対象となりうると解さなければならない根拠はない。

そして、法秩法二条一項の規定を以上のように解しても憲法に違反するものでないことは、前記判例の趣旨に徴して明らかである。

そこで、本件の事実関係をみると、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

昭和五七年四月二三日午後三時すぎに、原告を含む約二〇名の者が、当時監置処分を受けて八王子拘置支所に留置されていた井手口を激励する目的で、一団となつてライトバンを先頭にして八王子支部庁舎南側西端の法務合同庁舎敷地との境界付近の歩道まで進行して来て止り、ライトバンも歩道上に駐車させた。

そして、三時五分ごろ、ライドバンの屋根の上に設置した拡声器を歩道の北側の裁判所庁舎ないしその西隣りの拘置支所の方向へ向けて、原告がマイクロホンを持つて、「強権的訴訟指揮を許さないぞ」「和田裁判官を糾弾するぞ」「暗黒裁判を許さないぞ」「獄中の仲間は弾圧に屈せず頑張れ」などの文言を内容とするシュプレヒコールの音頭をとり、他の者がこれに唱和した。

八王子支部の比留間太司刑事訟廷管理官は、庁舎警備のために警備員とともに右集団から数メートル離れた八王子支部構内で右集団と対峙していたが、これに対して、拡声器を使用しての大音量によるシュプレヒコールは審理の妨害となるので直ちに中止するようにと警告したが、原告らはこれを無視してなおシュプレヒコールを続けた。

そこで、比留間管理官は、かねて東京地方裁判所八王子支部長から、法廷の審理に影響を及ぼすようなシュプレヒコールなどけん騒にわたる行為があり、これに対する警告も無視されたような場合には、開廷中の裁判官の指示を受けるようにと命ぜられていたので、裁判官の指示を受けるために、小走りで法廷棟に赴き、三階の刑事三〇一号法廷に入り、同法廷で被告人若林美智子に対する覚せい剤取締法違反被告事件を審理中(被告人質問中であつた。)の和田裁判官に対し、「南門の近くの歩道上でシュプレヒコールが行われておりますが、審理に影響しておりませんか。」と尋ねたところ、同裁判官は、拡声器のシュプレヒコールで審理の妨害を受けているので、その音頭をとつている者を拘束するようにと命じた。拘束命令が発せられた時間は三時九分ごろであつた。

法廷内にもシュプレヒコールの音声は届いており、比留間管理官は法廷内において、聞こうと思えばシュプレヒコールの内容まで聞きとることができるような程度の音量であると認識した。

比留間管理官は、直ちに小走りに駆けて庁舎外に出て、元の場所に戻り、警備員に指示して警備員とともに塀を乗り越え歩道上に出て原告を拘束しようとしたが、原告は車道を横断して逃走したので拘束することはできなかつた。

なお、シュプレヒコールをしていた場所から三〇一号法廷の南側廊下の西側付近までの水平距離は60.5メートルであり、昭和五七年四月二三日当時は、シュプレヒコールをした歩道と三〇一号法廷のある法廷棟との間に建物はなかつた。

法廷棟は、鉄骨鉄筋コンクリート造り四階建で、三階の三〇一号法廷の南側には幅員2.8メートルの廊下がある。廊下と庁舎外部との間は腰高ガラス窓となつており、壁の厚さは一五センチメートル、窓はアルミサッシ窓でガラス戸が六枚はめ込まれている。廊下と法廷との間は厚さ一五センチメートルのコンクリート壁で左右に入口があり、入口には木製扉がある。扉の厚さは四センチメートルである。

以上の事実が認められる。

証人吾妻登勢子は、比留間管理官は前記認定のような警告を発していないし、法廷棟に入つてすぐ出て来たものであつて、三階まで行つて来たとは感じられなかつたと証言しているが、措信することができない。

また、<証拠>によれば、原告らは、昭和五七年六月四日及び昭和五九年一〇月四日に、三〇一号法廷又はその隣りの三〇二号法廷に拡声器を用いたシュプレヒコールの音声が達するか否か実験を試みたことが認められる。そして、これらの証拠は、本件当日と同一の条件のもとで聴取したところ、神経を集中させてはじめて音声が発せられていることが分かる程度で、その文言、内容については全く識別できなかつたとする。しかし、右の実験における発声ないし拡声器の音量、建物の配置、その他の客観的条件が本件当日と全く同一であつたという保障はないのであるから、その結果は直ちに前記認定を覆すに足りるものではない。

他に前記認定に反する証拠はない。

そして、右認定の事実によれば、原告らによるシュプレヒコールの音声及びその内容は三〇一号法廷内の和田裁判官にも聞きとれたものと推認することができ、和田裁判官が自ら直接聞知した事実に基づいて拘束命令及び本件監置処分が発せられたものであることは明らかである。

<証拠>によれば、原告に対する拘束命令の理由は法廷外から聞こえるシュプレヒコールの音声が裁判所の職務の執行を妨げたためであるとされていることが認められ、原告の行つたシュプレヒコールが裁判の威信を害したとの理由は付されていないが、このことは必ずしも右のような判断の妨げとなるものではない。

また、原告の行動はけん騒にわたる不穏当な言動であつて、裁判所の職務の執行を妨害したものというべきであり、シュプレヒコールの内容等に照らせば裁判の威信を著しく害したものということもできる。

(三) 前記認定の事実によれば、原告は、拡声器を用いて、特定の裁判官名を挙げて前記のような内容のシュプレヒコールを繰り返したものであるところ、原告のこのような行為はそもそも表現の自由の保障下にないものというべく、右のような行為に対して法秩法(この法律は、法廷の秩序を維持し、裁判の威信を保持し、法の権威を確保するという重要な公共の福祉の要請に由来するものである。)二条一項を適用して制裁を科したとしても、憲法二一条違反の問題を生じる余地はない。

(四) 以上のとおり、本件監置処分には事実認定及び法令解釈のいずれの点においても誤りはないのであるから、和田裁判官が事実認定及び法令解釈の無理を承知で本件監置処分に及んだとする原告の主張は、採用の限りではない。したがつて、和田裁判官に不法な目的があつたと推認することもできない。

2  原告は、本件監置処分は、和田裁判官が制裁権を濫用して違法、不当な目的を達しようとしたものであると主張する。

前記認定のような原告の行為の態様に鑑みれば、原告の行動を目して軽微のものであるとはいい難く、本件監置処分が重きに失するということはない。なお、主観的目的の点においても、不法な目的が存するとは推認できないことは後記3に判示するとおりである。

3  更に原告は、本件監置処分は、和田裁判官の担当する被告人三鈷照一ら一三名に対する監禁等被告事件の被告人らに対する威嚇ないし報復の目的でされたものであると主張する。

<証拠>によれば、和田裁判官が裁判長として審理している右被告事件において、法廷内における腕章着用の問題、法廷警備の問題、公判手続の更新のあり方の問題及び事件併合の問題等をめぐつて審理が紛糾したこと、ことに昭和五六年七月一七日の第三二回公判においては被告人、弁護人及び傍聴人多数に対する退廷命令が発せられたこと、また昭和五七年四月一九日の第三八回公判においては公判手続の更新に当つての被告人の意見陳述の時間制限に関連して被告人井手口に対し拘束命令が発せられ、閉廷後同人は監置七日の制裁を受けたこと等の事実が認められる。

しかし、これらの事実があつたからといつて、和田裁判官が原告主張のような目的で本件監置処分に及んだとするのは論理の飛躍というほかはない。原告の主張はとうてい採用することができない。

他にも和田裁判官に原告主張のような意図が存在したことを推認させる事情は見出すことができない。

4  以上の次第であるから、本件制裁の裁判について被告国の損害賠償責任を肯定することができるような特別の事情が存在するものと認めることはできない。

したがつて、原告の被告国に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三被告和田に対する本訴請求は、同裁判官がその職務を行うについて原告に対し損害を与えたことを理由とするものである。

しかし、公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであつて、公務員個人はその責を負わないものと解すべきことは、最高裁判所の判例とするところであり(最高裁判所昭和四九年(オ)第四一九号同五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁)、当裁判所もこの見解に従うのを相当と考えるものである。

したがつて、被告和田に対する本訴請求も理由がない。

四よつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも失当であるから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(矢崎秀一 野﨑薫子 田中昌利)

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